【韓国】オミクロン株、ソウルでも拡散か

1: 動物園φ ★ : 2021/12/05(日) 19:38:01.77 _USER
ナイジェリアから入国した40代牧師夫婦から始まった国内オミクロン変異ウイルスのn次感染が相次ぐ中、ソウル所在の大学に通う外国人留学生たちもオミクロンに感染した疑惑事例に分類されたことが5日確認された。

ソウル市によると、新型コロナウイルス感染症(コロナ19)の新たな変異であるオミクロン感染の疑惑事例に分類されたソウル市の確認者3人はすべてソウル地域大学に在学中の外国人留学生で、2人は韓国外大、1人はソウル大在学生だ。

彼らは先週末、国内初のオミクロン確定者である牧師夫婦が通う仁川市ミチュホルグ教会を訪問したことが調査された。

ソウル市の関係者は「まだオミクロン確定判定が出たわけではない」とし「オミクロン確定の可否は明日午前にも出る見通し」と明らかにした。
以下略

https://news-nate-com.translate.goog/view/20211205n11606?mid=n1006&_x_tr_sl=ko&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja

引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1638700681/

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【朝鮮日報】世界最高のすしも韓国から出てきたらいいのにと思う

1: 昆虫図鑑 ★ : 2021/12/05(日) 08:33:06.54 _USER
回転ずし店でくるくると回っていく皿には、すしが二つ載っている。なぜ二つなのだろうか。昔のすしは現在のものより2-3倍大きかったという。一口で食べられるように分けて出し始めたところから、1皿につき二つになったのだ。すしは、屋台でおにぎりのように大きく作って売っていた大衆食だ。値段が上がり、場所は華やかになったが、今でも屋台のように板前が客と向き合ってすしを握ってくれるところは多い。

昔のすしは、米飯と生魚を交ぜて発酵させた「なれずし」で、韓国の「食醢(シクへ)」のような食べ物だった。発酵には貯蔵庫が必要で、かなり時間がかかった。19世紀に入り、水産物が豊富な江戸を中心として、発酵させる代わりに酢飯を作って生魚などを乗せてそのまま出し始めた。現在のすしの原型に当たる「早ずし」だ。一種のファストフードだった。20世紀になり、冷蔵技術が発展したおかげで高価な鮮魚が出回るようになり、すしは次第に美食家が訪れる高級料理へと変わっていった。

 刺し身ではなくすしが日本の代表的な料理になったのは、米飯が生魚の味をぐっと良くしてくれるからだ。「すしのうまさはシャリが6割」という言葉がある。一人前になるには「飯炊き3年握り8年」とも言う。味にこだわる板前は、自分が望むシャリの味を出すため、さまざまな産地のコメを交ぜて使う。単純に見えるが、すしは材料一つ一つに対する相当な研究と修練が必要な料理だ。

ミシュランガイド東京が初めて出たのは2008年だ。当時、最高等級の三つ星にランクされたすしの板前二人は、現在はそろって脱落している。ドキュメンタリー映画『二郎は鮨(すし)の夢を見る』の主人公、小野二郎は、少し前にミシュランの評価対象から外れた。世界的にあまりにも有名になり、一般人が事実上来店できなくなったからだ。ミシュランは、一般人が訪れることのできない場所は除外することとしている。小野二郎の弟子の水谷八郎は、がんにかかって引退した。およそ10年前、彼と会ったときには「仕事があまりに大変なので、弟子には店を継がせないつもり」と語っていた。毎日16時間も働くことを生涯続けてきたという。1年分の予約が全部埋まっても、1日10席の客が全てなので、大金も稼げないと言っていた。

 最近発表されたミシュランガイド・ソウルで星付きになった33店舗のうち、和食の店は8店舗だった。だいたいはすし屋で、韓食の店の数と同じだ。韓国のすしは今から30-40年前にホテルで始まった。有名シェフの系譜を追っていくと、大抵は新羅ホテルか朝鮮ホテルにさかのぼる。今や、味と質は日本レベルに到達したとの評価がある。だが、大衆も容易に来店できる、安くても質の良いすし屋はまだ多くない。料理には国境も、民族もない。世界最高のすしも韓国から出てきたらいいのにと思う。

鮮于鉦(ソンウ・ジョン)論説委員

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/12/03/2021120380090.html

引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1638660786/

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【韓国】韓国軍の食事が貧相すぎて炎上

1: 動物園φ ★ : 2021/12/05(日) 13:12:37.38 _USER
no title


新種コロナウイルス感染症(コロナ19)などにより隔離された兵たちが不良給食を受けなければならなかったというある兵士の暴露が出た。

軍事ニュースチャンネルである「陸軍訓練所の代わりにお届けします」は去る4日、
陸軍5軍団傘下5空兵旅団の隔離将兵が情報提供した2日夕食の写真を公開した。

その写真を見ると、ご飯とキムチ、そして使い捨ての包装の海苔だけが置かれていた。

https://news-nate-com.translate.goog/view/20211205n02509?mid=n1006&_x_tr_sl=ko&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja

引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1638677557/

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【韓国紙】 「20万人の《孤児輸出国》だった韓国…市民権ない子も」 「文政権はハーグ条約加入約束も果たされず」

1: 荒波φ ★ : 2021/12/05(日) 11:35:24.23 _USER
※プレシアンの元記事(韓国語)
韓国はなぜ「国際養子縁組中断」の約束を何十年も守??れないのか?
https://www.pressian.com/pages/articles/2021120107001568279#0DKU

韓国が「孤児輸出国」ことや、いまだ関連保護法が未整備であることへの批判が出ている。

韓国紙プレシアンは1日、『韓国はなぜ国際養子縁組中断の約束を数十年も守れないのか?』を掲載し、この問題を扱っている。

プレシアンは韓国の国際養子縁組問題を長く研究してきたイ・ギョンウン博士の書籍『国際“孤児”養子縁組システム:その起源と発展に及ぼす大韓民国の影響』を引用し、韓国で国際養子縁組が朝鮮戦争直後の1953年から始まり延べ20万人が海を渡ったことを伝えつつ、戦争と貧困によって生じた孤児などが主に養子縁組されたとされる既存の通説については「これは事実ではない」とし、最も多くの子どもを養子に出した時期は1988年ソウルオリンピックの前後であることを指摘した。

同紙は「当時は、その年に出生した児童の1%を超える児童が海外に養子縁組された」とし、「オリンピックをきっかけに西欧メディアの注目を浴びた韓国が《孤児輸出国》という汚名を着ることになったのもこの頃であった」と伝えた。

その後、金大中政権が養子縁組者に公式謝罪し、その後を継いだ盧武鉉政権でも海外養子縁組の中断を宣言するなどしてきたが、「2021年現在も約束を守れずにいる」ことも伝えている。

同紙は「国連児童人権協約、ハーグ国際児童養養協約など、国際養子縁組を規律する国際協約も韓国では無用の長物だ」とし、「現在100カ国が迫る国が加入したハーグ条約に加入していない」としつつ、「朴槿恵(パク・グンヘ)政府、文在寅(ムン・ジェイン)政府ともハーグ協約加入を約束した」ものの果たされていない現状を嘆いた。

一方で「国際養子縁組において韓国のような児童送出国の責任が大きいが、米国のような児童受領国が(送出国の法的、制度的問題を)認めていなければ、養子縁組は起こり得なかった。受領国の共同責任がある」ことも伝え、オランダなど欧州諸国で政府レベルでの調査が進められ、去る2月にオランダで国際養子縁組を全面中断したことを伝えた。

しかし「《最大児童輸出国》の一つである韓国では依然としてこのような努力を探すのは難しい」とし、米国に養子縁組されたが、両親のミスで市民権を獲得できずにいる韓国系米国人の例などを伝えている。

同紙は「イ博士は出生登録制度を含む、児童保護と養子縁組に関連する法制度の見直しを必要としている」としつつ「数十年間も約束を守れなかった韓国政府は、問題が何なのか分からないというよりは分からないふりをしていると見られる」とし、背景に「出生登録制度を含む、児童保護と養子縁組に関連する法制度」など多くの関連法改正が必要になることに言及した。

忠南日報も一昨年にこの問題を取り上げ、「韓国は最大の養子縁組国米国に最も多くの子供を送った国」であるとし、「問題はまだ我が国はこの虚しい制度で養子を他の国に送ることが問題だ」と批判した。

一方で「養子は親が養育を放棄した場合もあるが、失われた場合も多い」とし、「10年以上行方不明の児童が540人余りになるが、政府による養子縁組(された人の)遺伝子検査が始まったばかりだという点で、政府はこれまで何をしていたのか」と指摘した。

そして、「養子縁組を送る国と受け取る国、両政府が安全と保護を担う《ハーグ条約》を紹介し、我が国もここにいつ加入するかが関心事だ。 これまで児童養子縁組を私的機関に任せた韓国政府にも責任がある。 政府はもはやこのような課題を免れてはならない」と強調している。

※以下韓国ネットユーザーのコメント(ソース元参照)

2021年12月4日
http://korea-economics.jp/posts/21120404/

引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1638671724/

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【韓国】「馬刺し」の起源は壬辰倭乱の時、生で食べた軍馬の肉~「日本人は動くものすべてを生で食べる」

1: 蚯蚓φ ★ : 2021/12/04(土) 21:51:45.12 _USER
肉食禁止令でも壬辰倭乱当時、軍用米の代わりに食べる
ヨーロッパ馬肉食用の歴史も振り返ってみれば戦争

no title

馬刺し。(写真=キングダムオブ東北ウィンタープレー)

日本料理の馬刺し(ばさし)は馬肉の刺身だ。生の馬肉を薄く薄く切って醤油やショウガなどと一緒に食べる。酒のつまみとして人気が高い。脂肪がまったくない赤身肉はしっかりした食感を楽しめ、霜降りのある部位はやわらかくて人気がある。

馬刺しの起源は戦争という分析が有力だ。壬辰倭乱当時、軍用米が無くなった日本人が軍馬を食べたことから始まったという。戦争のせいで肉を煮て食べるのは容易でなかった。火の扱いが難しく煙や明かりのせいで発覚するのが常だった。そのため、生で食べたものが日本に伝わったという。実際、壬辰倭乱当時、先鋒に立った加藤清正氏が今の九州熊本県を治めたが、現在、日本で馬刺しが最も人気の地方が熊本県だ。

当時、日本には肉食禁止令が下されていたことに照らしてみれば興味深い。日本は675年から1868年、明治維新まで約1200年間、肉食を禁止した。仏教を国交にしたことに伴い、殺生を禁止しようと日王が宣言したのだ。それでも戦争を起こしたことは矛盾だが、とにかく馬肉も例外ではなかった。馬刺しの起源は口伝だけで資料に伝えられる内容ではないという。

ただし、最近の戦争史を掘りかえすと参考になる。フランスはパリ包囲戦(Siege of Paris・1870~1871)当時、肉が不足するとすぐに馬肉を食べ始めた。第一次世界大戦当時、軍人が死んだ馬を食べた記録は珍しくない。ヨーロッパは馬を伴侶の様に感じる程きずながある。西欧圏では馬肉に一部拒否感を表わすのはこのような感情のためだ。それでも馬肉を食べ始めたのは当時の事情がどれだけ窮乏したかを知らせる。

もちろん生ではなかった。「中国人は動くもの全てを食べ、日本人は動くものすべてを生で食べる」という笑い話はこういう視点で見れば言い過ぎではない。

チョン・ジェウク記者
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ソース:イーデイリー(韓国語)[クェシンノドゥ]生で食べる馬肉..'馬刺し'<54>
https://www.edaily.co.kr/news/read?newsId=01502246629275240&mediaCodeNo=257

引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1638622305/

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