日帝

朝鮮総督府の開発事業、「日本人業者を太らせる事業」だった

1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★ 2019/09/15(日) 11:30:23.28 ID:CAP_USER.net
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「日帝植民地の最高権力機関である朝鮮総督府と、日本人土木建設業者との間の政経癒着と腐敗スキャンダルは絶えなかった」

 韓国の歴史学者からこういう話を聞いたのであれば、むしろあまり驚かなかったかもしれない。最近、学術書『日本の学者が見た植民地近代化論』(知識産業社)を出版した日本人歴史学者の鳥海豊・韓国歴史研究院常任研究員(57)は「日帝の近代化は韓国の工業発展よりも、日本人土木建設業者(請負業者)の利益のための大規模土木建設事業に偏っていた。この過程で、総督府出身の官吏が業者として直接参入するケースもあった」と語った。鳥海氏が確認した日本の鉄道局、逓信局や朝鮮総督府など官吏出身の日本人土木業者だけでも22人に上る。鳥海研究員は早稲田大学で学士・修士課程を終えた後、ソウル大学国史学科で博士号を取った。

 日帝が1910年に韓国を強制併合した後、重点を置いて推進していた事業が鉄道建設、土木工事といった社会間接資本(SOC)分野だ。1910-39年の朝鮮総督府の年平均予算(1億8571万円)のうち、19.3%(3579万円)を注ぎ込んだと推定される。だが鳥海研究員は「SOC投資額の63%を占める工事を、当時韓国で活動していた日本人土木建設業者の組織である『朝鮮土木建築協会』のメンバーと契約していた」と語った。「仕事の発注」を通して、朝鮮総督府が日本人業者に土木建設事業を配分したというわけだ。逆に朝鮮人建設業者らは、随意契約や鉄道局の技術主任(現場監督)制度のせいで入札から排除された。

 調べてみると、日本人と朝鮮人は資産保有の点でも大きな差が出た。1928年の朝鮮総督府統計年報(グラフィック)によると、日本人の1人当たりの郵便貯金額は56.46円、一方で朝鮮人は0.23円にすぎなかった。実に245倍の差だ。鳥海研究員は「日帝時代の経済発展で朝鮮人に利益がもたらされたという仮定を再検討する必要がある」と語った。

日本人業者の「入札金水増し」や談合といった腐敗スキャンダルも絶えなかった。談合とは、業者が集まって、十分な利益を確保できる水準で落札業者をあらかじめ決めること。1934年の京城土木談合事件では、検察が起訴した工事の件数だけでも32件、契約総額1295万円に達した。さらには、朝鮮総督府交通局の課長も「朝鮮の業界で最大の問題は談合」と証言した。

 雑誌『開闢』は、1923年の城川江堤防工事の際、朝鮮人土木業者であれば1500万円でできる工事を日本人請負業者と9000万円で契約したと暴露した。実に6倍の「入札金水増し」だったというわけだ。鳥海研究員は「日帝強占期に多くの朝鮮人が土地を失ったり仕事がなくなったりして、間島地方や日本へ生きる道を探しに行ったが、逆に朝鮮の日本人業者は増え続けた」と語った。

 韓国の学会では、日帝の経済的搾取に重点を置いた「収奪論」と、植民地期の経済規模の成長に注目した「植民地近代化論」の間での論争が熱い。鳥海研究員は、「植民地近代化論」で経済成長の根拠となっている朝鮮人労働者の日当に疑問を投げ掛けた。朝鮮総督府統計年報には日当1円と記録されている。だが鳥海氏は、日本人業者の回顧録や法廷での証言、当時の記事などを根拠に「実際に現場で支払われる労賃は30-60銭にすぎなかった」と語った。その差額分だけ日本人土木業者は不当利得を手にするので、腐敗スキャンダルが絶えなかったと主張する。鳥海研究員は「朝鮮総督府の統計における朝鮮人の賃金は、現実よりはるかに高く記録されている」として「この統計に基づいた日帝時代の経済発展の数値も修正する必要がある」と語った。彼は「『日本人がなぜ日本を批判するのか』という質問もよく受けるが、より良い日本をつくるため」と答えた。

キム・ソンヒョン記者

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/09/11/2019091180151.html
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 2019/09/15 06:05

引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1568514623/

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【韓国】最大の反日施設『独立記念館』に潜入! 閲覧注意レベルの怖い日本人、拷問股裂き、慰安婦再現模型も

1: 荒波φ ★ 2019/09/07(土) 13:47:06.08 ID:CAP_USER.net
同行者は、よく一緒に韓国に行く朝鮮半島マニアのTさん。

「施設はあっちですね」とTさんが指差す方向を見ると、かなり遠くに塔が見えた。天気の良い日で暑かったが、渋々歩いていく。
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入り口にたどり着くまでには、古い碑石が祀られていたり、北朝鮮の衣服や食べ物を展示するテントが出ていた。
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入り口は巨大な門になっていて、門の中に最初に紹介した像が設置してある。人々が重なりあって前を指差しながら進む勇ましい像だ。こういう群衆の像は、ソウルの博物館でも見たことがあった。
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全員で独立を勝ち取ったぞ!!というのを内外に表現したいのだろう。ちなみにあとで気づいたのだが、独立記念館の外には何十人の人が重なり手を差し伸ばしている像が飾られていた。
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人がごちゃごちゃと重なり上に登っていく様子は、諸星大二郎の『生命の木』のワンシーンそのものであり、思わず「みんな ぱらいそさいくだ! おらといっしょにぱらいそさいくだ!!」とつぶやいてしまった。

第1展示館は韓国の歴史を紹介するコーナーだった。韓国5000年の歴史がジオラマや等身大の人形を使って紹介してある。中国でも『中国4000年の歴史』って言うのに、韓国は5000年なの? と思うかも知れない。でも5000年の歴史って書いてあるからしかたがない。まあ、人類はそれ以前からいたのでウソではないだろう(調べてみたら、中国も5000年ということがあるらしい)。
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城や街の大掛かりなジオラマや、大砲などを抱える人形などがたくさん展示されていた。かなりお金がかかっているのが分かる。
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第一展示館には遺跡も展示してあった。丸い顔が彫ってある瓦が厳かに展示してあった。どこかで見たことあるな?と思ったら、きかんしゃトーマスだと気がついた。これはそのうち、きかんしゃトーマスの起源は韓国だと言い出しそうだ。
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そして第二展示館ではもう日本による統治の展示になった。5000年の歴史のほとんどは、第1展示館で終わってしまったようだ。第二展示館からは基本的に、ずっと反日の展示が続く。
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ドーンと壁に展示してあるのは、今話題の徴用工の絵だった。地下の鉱山で働いている作業員の所に水が溢れ出す様子が立体的な絵画で描かれていた。5?6人は水に飲まれて溺れている。
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そしてその近くには、慰安婦コーナーがあった。草原で凶相の日本人がチマチョゴリを着た女性をさらってトラックに乗せている様子がジオラマで作られている。
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日本語のタイトルは『日本軍「慰安婦」として強制連行する再現模型』と書いてある。
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連れ去る日本人の顔がまた悪い。暗黒面に堕ちた草なぎ剛みたいな人相をしている。

そしてその隣には、慰安婦の現場の模型が作られていた。粗末な小屋の中には、白い服を着た慰安婦が汚いベッドに座っている。小屋の前には日本兵たちがズラッと並んでいる。中には露骨に股間を触っている男もいる。戦時中の慰安婦の様子を描いた水木しげるの漫画で見たのと近い構図だが、もちろん立体になっているのは初めて見た。
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箱の中に小人が立って劇をするようなホログラム映像は、日本では秘宝館でしか見たことがない。この展示物を作る時の最先端だったのだろうか?もちろん慰安婦問題に抗議するデモの写真などもたくさん貼ってあった。
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2019.09.07
https://tocana.jp/2019/09/post_112009_entry.html
https://tocana.jp/2019/09/post_112009_entry_2.html
https://tocana.jp/2019/09/post_112009_entry_3.html
https://tocana.jp/2019/09/post_112009_entry_4.html

引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1567831626/

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文在寅政権進む「親日狩り」、学校の日本痕跡清算する初条例…済州島、シンボルの木の扱いで混乱も

1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★ 2019/07/07(日) 22:58:08.30 ID:CAP_USER.net
学校内に残る日本による朝鮮半島統治時代の痕跡を「日帝残滓(ざんし)」(日本帝国主義の残りかす)と称して清算しようという条例案が韓国南部、済州島(チェジュド)で全国で初めて可決されたことが分かった。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が「親日」の清算を掲げる中、親日派がつくったとされる校歌の変更などの動きが進むが、済州島では条例で各校のシンボルとして親しまれてきた木まで切り倒されるのではないかとの混乱を生んだ。(済州 桜井紀雄)

 条例は「日帝強占期植民残滓清算に関する条例案」として、与党「共に民主党」議員らが済州道議会に提出。6月20日の本会議で満場一致で可決、成立した。

 道教育庁によると、日本統治からの独立を目指した三・一運動から今年100年を迎えたのに合わせた取り組みで、校名や校歌、日本時代の日本人校長らの写真や銅像に加え、朝礼や敬礼といった日本時代から続く習慣や用語が残っていないかを調査し、場合によってはなくすための法的根拠となるものだ。

 その対象に、多くの学校で「校木」に指定され、シンボルとして親しまれてきた常緑針葉樹、カイヅカイブキが含まれることが波紋を呼んだ。韓国でこの木は、1910年の韓国併合と前後して日本から持ち込まれた「朝鮮侵奪の象徴」と信じられてきた。今年2月には南東部、慶尚南道(キョンサンナムド)の教育庁の玄関にあった木が引き抜かれ、別の木に植え替えられた。ソウルや中部の大田(テジョン)にあり、戦没者らを埋葬した国立顕忠院や、国会周辺の一部でも植え替えが進められてきた。

 済州島では、校木に指定している小中高校が21校あり、計2153本も植えられている。条例化に先立ち、韓国最大手紙の朝鮮日報が「一斉伐採の危機」と報じたことで、学校現場に不安や反発が広がった。

 教育庁幹部は「環境の一部でもあり、絶対なくせという趣旨ではない」と火消しに努めている。条例に基づき設置され、専門家らからなる残滓清算委員会は方向性を示すだけで、別の木に植え替えるか、そのまま残すかは各校の判断に委ねられるとも説明する。

 文氏は3月の三・一運動を記念した演説で「親日残滓の清算は先延ばしされてきた宿題だ」と述べ、「国家の義務」であり、「正義」だと強調した。国のトップが清算の旗振り役なだけに、判断を丸投げされた形の教育現場では、しばらく混乱が続きそうだ。

https://www.sankei.com/world/news/190707/wor1907070020-n1.html
産経ニュース 2019.7.7 18:42

引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1562507888/

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【韓国】 「日帝残滓は精算だ。でも何が日帝残滓?」~京畿道教育庁、各学校に「日帝残滓発掘のための調査資料」提出要請

1: 蚯蚓φ ★ 2019/07/06(土) 00:09:22.29 ID:CAP_USER.net
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▲京畿道教育庁全景.写真=中部日報DB

京畿道(キョンギド)教育庁が学校内親日残滓清算に再挑戦する。

これに先立って校名変更プロジェクトなどが一線の現場で共感を得られず失敗に終わり、今回は学校現場から眺めた親日残滓を先に尋ねてこれを整理して清算可否を決める方針だ。

4日、道教育庁によれば同庁は最近、学校の現場に「学校生活の中の日帝残滓発掘のための調査資料提出」という公文書を送付した。公文書には3・1運動および大韓民国臨時政府樹立100周年をむかえて各学校に残っている日帝残滓を発掘し大討論会および公聴会を通じて清算可否を決めるという内容が含まれる。

それと共に
▲学生または教師が考える日帝残滓の概念は何か▲学校生活の中における日帝残滓は何か▲探し出した日帝残滓は清算対象と思うか▲清算対象なら、どのように清算すべきか、など現場の意見をまとめるように資料提出を求めた。

例えば「訓話」は上司が部下に「訓示」するという日帝強制占領期間の軍隊用語であって正すべき単語など、教育過程、教育施設、日本式用語など現場で改善が必要と見られるあらゆる分野の日帝残滓の内容をまとめるということだ。

これは道教育庁が2016年、日帝残滓が残っている学校の名前を変えると始めた「学校名をお願い」プロジェクトが現場の共感を得られず有名無実に終わったことにともなう措置と見られる。当時、道教育庁は▲東・西・南・北など方位名▲行政洞名▲日本式漢字語▲序列主義式などの学校名を日帝残滓に分類して学校で自主的にこれを変えるようにした。しかし、方位名などを果たして日帝残滓と見なせるかなど論議が起きて、結局、該当プロジェクトは道内5つの校名を変えるだけに終わった。

この様な事情から、道教育庁は現場で先に共感を得る日帝残滓を把握した後、改善する計画だ。ただし、このような方針に一部から憂慮の声も出ている。現場に尋ねるという趣旨は良いが、日帝残滓というものがとても広範囲で果たして正しい議論ができるか、ということだ。
(後略)

ピョン・クンア記者

ソース:中部日報(韓国語)<京畿道(キョンギド)教育庁、学校内親日残滓清算再挑戦>
http://www.joongboo.com/news/articleView.html?idxno=1367113

引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1562339362/

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【東亞日報】108年間の他郷暮らしをした智光國師塔が故郷に 植民地時代の1911年、文化財収奪に血眼になった日本人の手によって…

1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★ 2019/06/22(土) 21:39:39.99 ID:CAP_USER.net
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長い流浪生活を行った悲運の高麗時代の僧塔「原州法泉寺址(ウォンジュ・ボブチョンサジ)智光(チグァン)國師塔 」(国宝第101号)が100年ぶりに故郷に戻ってくる。

文化財庁は、「20日、文化財委員会・建築文化財分科会で、原州法泉寺址智光國師塔を元の場所である江原道原州市の法泉寺址に移転することにした」と、21日明らかにした。

高麗文宗(ムンジョン)時代に國師を務めた僧侶海麟(ヘリン、984~1070)の舎利を奉安した智光國師塔は、ユニークな構造と華やかな彫刻、優れた裝嚴装飾で、高麗僧塔の白米に挙げられる。しかし、日本植民地時代から現在までの108年間、あちこちに流れて経験した受難は、韓国近・現代史の痛みと軌を一にする。

智光國師塔は、日本植民地時代の1911年、文化財収奪に血眼になった日本人の手によって解体され、法泉寺址から去った。当時、京城(キョンソン)市内の明洞(ミョンドン)にあった村上病院に運ばれた塔は、その翌年、ソウル中区南倉洞(チュング・ナムチャンドン)の和田邸宅の庭に再び移された。ついに同年5月、日本の大阪に搬出されることになった。朝鮮総督府の返還要求で1912年末に故国に戻ってきたが、いきなり景福宮(キョンボクグン)に置かれた。

光復(日本植民地からの独立)後も試練は続いた。韓国戦争の時に爆撃を受けて大きく破損し、1957年には緻密な考証なしに急いで復元された。以後、1990年に国立故宮博物館(当時は国立中央博物館)の裏庭に移転して、20年間その座を守ってきた。しかし、2005~2015年に行われた文化財特別安全点検と精密安全診断の結果、塔のあちこちに亀裂や脱落現象などが確認された。

結局、文化財委員会は、2015年9月、塔の全面解体・保存処理を決定した。2016年5月から大田(テジョン)国立文化財研究所で塔を保存処理している。研究所は今年末までに保存作業を完了する計画だ。現在法泉寺址には、108年前に別れた智光國師塔碑(国宝第59号)のみがぽつんと残っている。

文化財庁は、「塔を元の場所に殿閣を立てて復元するか、法泉寺址の敷地に建設を進めている展示館の内部に置く案などを多角的に検討している」とし、「実際の移転は2021年ぐらいにならなければならないだろう」と明らかにした。

柳原模

http://www.donga.com/jp/home/article/all/20190622/1768523/1/
東亜日報 June. 22, 2019 09:30


引用元: http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1561207179/

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